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福岡地方裁判所 昭和41年(ワ)876号 判決 1968年3月28日

福岡市山荘通一丁目一四番地

原告 東義治

<ほか一名>

右両名訴訟代理人弁護士 清水正雄

東京都千代田区霞ヶ関一丁目一番地

被告 国

右代表者法務大臣 赤間文三

右指定代理人 島村芳見

<ほか一名>

右当事者間の昭和四一年(ワ)第八七六号損害賠償請求事件につき当裁判所は次のとおり判決する。

主文

被告は原告らに対し金六四万九、四七〇円およびこれに対する昭和四一年五月二五日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一、原告ら訴訟代理人は「主文同旨」の判決ならびに仮執行の宣言を求め、被告指定代理人は「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする」との判決を求めた。

第二、原告ら訴訟代理人は、請求の原因として、

一、別紙目録記載の土地(以下本件土地という)は、もと訴外波多江一俊の所有であったが、その債権者より強制競売の申立があり、福岡地方裁判所において昭和三八年(ヌ)第二号不動産競売申立事件として係属し、同年一月二一日強制競売開始決定がなされた。

原告らは本件土地を代金四六八万四、〇〇〇円をもって競買の申出をしてこれを競落し、同年六月三日競落許可決定がなされ、同月一九日福岡法務局受付第一五〇八七号をもって原告らに各二分の一宛の持分につき所有権移転登記がなされた。

二、しかし右競売手続には次の如き違法が存した。すわなち、

(一)  原告らが閲覧した前記競売事件記録には裁判所が命じた鑑定人守田方行作成の評価書が編綴されていたが、右評価書中附記事項および添附図面において表示された土地は、本件土地に隣接し表側大通りに面する全く別個の土地であって、右鑑定は裁判所が命じない土地につきなされた違法な鑑定であった。

(二)  これがため、原告らは本件土地を右評価書表示の土地と誤信し競落するに至ったものであるが、評価書に表示された表道路に面する土地に比し、本件土地はその価格、利用価値等において著しく低いものであり、原告らとしては本件土地の真実の位置を知っていれば競買の申出をする意思は全くなかったものである。

三、そこで、原告らは競落代金の配当を受けた訴外波多江一俊外二名を被告として、福岡地方裁判所に対し競落無効に基づく配当金返還の訴訟を提起し、右事件は同裁判所昭和三八年(ワ)第一、〇四一号事件として審理の結果、本件競落は原告らにおいて右評価書の記載を信頼した錯誤による競買申出に基づくものであって無効であるとの理由で原告ら勝訴の判決がなされた。しかし、被告らは福岡高等裁判所に対し控訴を申立て更に同裁判所において審理の結果、原判決と同趣旨の引換給付を命ずる判決がなされ、該判決は昭和四一年五月二四日確定した。

四、しかして前記鑑定人の価格鑑定は執行裁判所の命令に基づくものであって、裁判所の補助者としての行為であるから、補助者たる鑑定人の右鑑定ならびに評価書作成における過失は即裁判官の過失というべきである。

また前記鑑定に基づき以後の違法な執行手続が進行することとなったのは右競売係裁判官において、鑑定が競売の目的物件につき適正になされているか否かにつき充分な調査を怠った過失によるものである。

したがって、右の競落により原告らが蒙った損害は国家公務員たる福岡地方裁判所裁判官の過失に基づくものであるから、被告においてこれが賠償をなすべき義務がある。

五、原告らが右の経緯で蒙った損害は、本件土地の競落に伴う無用の出捐たる合計金六四万九、四七〇円であって、その内訳は次のとおりである。

(イ)  所有権移転登記登録税金二三万四、二〇〇円

(ロ)  抵当権等抹消登記登録税金一二〇円

(ハ)  法務局への送達用切手代金一五〇円

(ニ)  前記訴訟事件につき第一、二審を通じて弁護士に支払った手数料ならびに謝金合計金四一万五、〇〇〇円

六、よって原告らは被告に対し、右損害金六四万九、四七〇円およびこれに対する不法行為後である昭和四一年五月二五日以降完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める

と述べた。

被告指定代理人は答弁ならびに主張として、

一、原告ら主張の請求原因事実中、本件土地につき福岡地方裁判所に対し強制競売の申立がなされ、原告らがこれを競落し、同年六月三日競落許可決定があり、同月一九日所有権移転登記手続を了したこと、鑑定人守田方行作成の評価書添附図面が現況と相違している事実が後日判明したこと、原告らが訴外波多江一俊外二名を被告として福岡地方裁判所に対し配当金返還訴訟を提起し、その結果右競落が原告らの錯誤による競買申出に基づく無効なものであるとの理由で原告らが勝訴したこと、同判決に対し被告らが控訴し福岡高等裁判所において審理の結果、原判決と同趣旨の引換給付を命ずる判決がなされ、該判決は昭和四一年五月二四日確定したこと及び原告ら主張の損害額中(イ)ないし(ハ)の金額合計二三万四、四七〇円を原告らが支出したことは認めるが、鑑定人守田方行の鑑定が競売の目的物件たる本件土地につきなされていない違法な鑑定であることおよび原告ら主張の損害が福岡地方裁判所裁判官の過失による違法な職務行為に基づくものであるとの主張は否認する、その余の主張事実は知らない。

二、原告らの本訴請求は次の理由により失当である。すなわち

(一)  鑑定人はその専門的知識又はこれに基づく判断意見を裁判所に報告し、裁判官の判断能力の補助をするための証拠方法ではあるが、行政組織上の補助者を意味するものではない。裁判官は鑑定を命ずるのみで、何ら鑑定人に対する指揮監督の権限を有しないし、また鑑定人の判断意見が即裁判官の判断となるものでもなく、他の証拠資料と同様裁判官の自由な心証によりその採否を決し得るものである。したがって鑑定人の過失が直ちに裁判官の過失となるものでないことは明らかである。

(二)  本件鑑定人の過失の内容は、単に評価書添附図面の作成に際し、競売物件たる本件土地の所在位置を間違えて記載したに過ぎないものであって、裁判官が右の誤りに気づきながら漫然看過していたのであればともかく、右添附図面記載の誤りは、評価書の附記事項に照し客観的に明白なものでなく、本件土地を見分してその所在を確知している者でない限り、本件競売記録上からは発見し得ない誤謬である。したがって正当な権限ある鑑定人の作成した評価書のこのような誤謬を看過しても、裁判官に過失があるとはいえない

と述べた。

第三、証拠≪省略≫

理由

一、本件土地につき福岡地方裁判所において強制競売開始決定がなされ、原告らが代金四六八万四、〇〇〇円で競買の申出をしてこれを競落し、同年六月三日右競落許可決定がなされ、同月一九日福岡法務局受付第一五〇八七号をもって原告らに各二分の一の持分につき所有権移転登記がなされたことについては当事者間に争いがない。

二、原告らは右競売手続には違法が存し、これを看過したのは右執行裁判所の裁判官の過失に基づくものである旨主張し、被告においてこれを争うので以下右の点につき検討する。

(一)  鑑定人守田方行作成の評価書添附図面が現況と相違していることについては当事者間に争いがない。そして≪証拠省略≫によれば、同図面が現況と相違するに至ったのは、鑑定人守田がその補助者を使用して市税事務所備付の字図を写し違えたことによるものであること、その結果同鑑定人は競売の目的となった土地の隣地を目的物件と取違えて評価鑑定したことが認められる。

およそ、鑑定人が裁判所から競売目的物件の評価鑑定を命ぜられた場合、その目的物件を確認し、その評価を誤らぬよう細心の注意をすべきことは自明のことであり、右鑑定人がこれを怠り叙上の鑑定をしたことについては過失があることは明らかである。≪証拠判断省略≫

(二)  ところで、鑑定人は専門的知識又はその知識を適用した判断の結果を報告し、もって裁判官を補助するための証拠方法であって、その補助者的地位を否定することはできない。すなわち、鑑定人は裁判官の知識を補充する働らきをする者ではある。しかし、裁判官の指揮命令により活動し又はその職務を代って行うものではなく、また鑑定人の行為がそのまま裁判官の職務行為とみなされるものでもないのであって、行政組織上の補助者又は一般の履行補助者とは異なり、独立の地位をも有するものである。それ故に鑑定人の補助者的側面のみから直ちにその過失をもって裁判官の過失であるということはできない。

(三)  他面、裁判官は鑑定人に対し鑑定を命ずるのみであって、何らこれに対し指揮監督の権限を有しないのみならず、本件当時施行の民事訴訟法第六五五条によれば、鑑定人の評価額をもって最低競売価額とするものとされていたので、不動産競売手続においては鑑定人の過失につき裁判官の責に帰すべきものはないとの見解も考えられないではない。しかしながら裁判官は鑑定人の鑑定意見に拘束されるものではなく、これをいかに評価し採用するかは他の証拠資料におけると同様、裁判官の自由な心証に委せられているのであって、前記民事訴訟法の規定もこの例外を示すものではない。裁判官は競売価額を決定するに当り、適法な鑑定人のなした正当な鑑定結果に依拠すべきことを求められるものであって、鑑定の結果についてこれを不当とするときは再鑑定を命ずる等の方法によって正当な鑑定結果を得るための努力をなすべき義務があるものというべきである。裁判官がこのような注意義務を負うことは不動産の競売手続を裁判官の関与にかからしめ、もって公正妥当な競売を実現しようとする制度の目的に徴しても明らかである。

(四)  したがって競売手続において、鑑定人の過失が直ちに裁判官の過失となるものではないと同時に、鑑定人の過失に対しては裁判官に責任はないものともいうことはできない。鑑定人の過失があるために裁判官の過失責任が問わるべきか否かは、その職務上の注意義務が具体化される個々の場合に対応して決すべき事柄である。

ところで、本件は宅地の競売であるが、宅地の競売においてその位置形状が最も重要な要素を占めることは言をまたないところである。したがって、競買申出人又は競買希望者はその位置形状を知るために、予め法務局等の公簿その他確実な資料によってこれを調査しその位置形状を確認したうえで、競買の申出をなすものであるが、裁判所の競売記録に目的物件の位置形状を示す図面(例えば評価書又は賃貸借取調調書に添附して)等が存する限り、右図面が記録上必要書類でなかったとしても、これを信用して右の調査をしないまま、競買の申出をなすこととなり、むしろ特別の事情がない限り更に公簿によって確かめることはなさないのが普通である。それ故に、鑑定人が評価書に図面等を添附して目的物件の所在形状を図示した場合には、右の如き図面の果す役割を考え、かかる図面の添附なき評価書を提出した場合と異り、裁判官としては該図面の正確性については特別の注意をなすべきである。

しかして、本件競売における鑑定人守田方行の評価書には目的宅地の位置形状を示す図面が添附され、これが漫然と記録に編綴されて競買希望者の閲覧に供されていたところ、右図面では誤って本件土地として隣地が表示され、評価書には該隣地の評価をもって本件土地に対する評価とされていたことは前示認定のとおりである。

被告は本件鑑定における右のような誤認は、評価書のみでは直ちに発見し難いものであるから、裁判官が右のような誤謬を看過したとしてもその過失とすべきではない旨主張し、なるほど図面の添附のない場合に、記録審査によって評価の誤りを発見することは確かに困難であるが、しかし、前述の如く鑑定人が評価書に図面を添附している場合には、これが記録上編綴されることによって起きる結果を考え、裁判官は特別の注意を払う必要があり、位置形状の図示の正確性を調査しようと思えば比較的容易に調査することができ、これにより対象の取違えに基づく評価の誤りも発見可能である。したがって、図面の添附された評価書が提出された場合、これを記録に編綴するのであれば裁判官としては図面における位置形状について正しいかどうか調査すべき義務あるものというべきところ、これを怠りその結果右の違法な評価を看過するに至ったものであることは弁論の全趣旨に徴し明らかである。

三、≪証拠省略≫を総合すれば、原告らが競売記録に編綴された右評価書及び添附図面を信頼して、本件土地を隣地と思って競買申出をし、前示競落代金をもっては買受意思のなかった本件土地を競落するに至ったことが認められ、右競落が右評価書及び添附図面を信頼したことによる錯誤に基づくもので無効なることを主張して、代金返還の訴訟を提起し、原告ら主張の如き各判決を得たことは当事者間に争いなく、右判決に基づき競落により取得せる所有権移転登記の抹消登記手続をなしたことは原告ら各本人の供述により明らかである。

そうしてみれば、裁判官が不注意により前記の如く誤った評価書及び添附図面を看過して該鑑定を採用し、その後の手続を進行させた結果、原告らに錯誤による競買申出をせしめ、本件土地を競落させるとともに、その所有権移転登記をさせ、前記訴訟をなしたうえこれが抹消登記手続をするの余儀なきに至らしめたことになるから、これにより原告らが蒙った損害については、執行裁判所たる福岡地方裁判所裁判官の過失に基づくものとして、被告においてこれを賠償すべき義務あるものというべきである。

四、そこで原告ら主張の損害の点につき検討する。

(一)  前記認定の競落に基づく所有権移転登記及び抵当権設定登記等の抹消登記の各登録税その他のため原告らがその主張の(イ)ないし(ハ)の金額合計金二三万四、四七〇円を共同で支出したことについては当事者間に争いがなく、また原告両名本人尋問の結果によれば、競落代金の配当を受けた訴外波多江一俊外二名に対して競落の無効を主張して原状回復を求めたが、同人らがこれに応じないため、前記認定の訴訟を提起したものであって、右訴訟事件の第一、二審を通じて原告らが弁護士に支払った手数料ならびに謝金の合計は金四一万五、〇〇〇円であることが認められ、右の弁護士費用は右訴訟の内容に照し法律の専門的知識を有する弁護士に対して訴訟を委任する必要があったと認められる。しかして以上の各支出はすべて叙上の無効な競売手続によって支出した競落代金を取戻すために必要かつ相当な費用というべきであって、結局裁判官の前記過失による違法な職務行為に基因する原告らの蒙った損害と認められる。

五、以上のとおりであるから、被告は原告らに対し、原告らの蒙った右損害金六四万九、四七〇円とこれに対する右不法行為後である昭和四一年五月二五日以降完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

よって原告らの本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用し、なお仮執行の宣言についてはこれを付さないこととし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 平田勝雅 裁判官 畑地昭祖 裁判官 上田幹夫)

<以下省略>

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